LOVE SOME STORY

第一話

いったい何が足りないのだろうと考えて、
指をパチンと鳴らすように、気付いた。

齋藤キャメル | パタゴニアの南 店主

1995年よりWATER WATER CAMEL のボーカル・ソングライターとして活動を開始。2009年に山梨に「パタゴニアの南喫茶店」をオープン。2016年から活動拠点を福岡へ。2018年にCDと手紙とミニレシピをまとめた『海のまえ、森のなか』をリリース。同年佐賀にコーディネーター、料理番として関わる精肉店とカフェ「TOMMY BEEF」をオープン。2021年、福岡・長丘に「パタゴニアの南」をオープン。

思えば、僕は何をしたかったんだろう。

生まれ育った山梨から東京の府中でひとり暮らしを始めたとき、僕は自分の部屋にたくさんものを集めていた。流木だったり石だったり、砂とか土とかを瓶に入れて飾ったり。ガラスの瓶もけっこう収集していた。

さして明確なイメージがあったわけではない。当時は、自分の思想や哲学がまだ一定しておらず、研ぎ澄ましていく過程の中で、いろいろ見てきたものが大事な気がして、手放したくなさすぎて、とりあえず手元に置いていたような気がする。

ただ多くが自然物で、なるべく自然に近づこうとしてやっている行いではあり、それはやはり、まずは僕が山梨の出身であることとも、関係しているのかもしれなかった。

僕にとって山梨と言えば、森。デートでよく行ったし、大人になってからも、休日はだいたい森に出かけ、好きなパン屋さんに立ち寄るなどして過ごしていた。自然がそばにある人生だった。

好きな人と静かに暮らすことが、僕の10代からの夢だった。そのためにどうすればいいのか。まず、ホテルをやることを思いついた。ホテルなら、普通に暮らすことを仕事にできるような気がした。

そこで彼女と小さなホテルを回ってみた。そして素敵なところを見つけ「ホテルをやるのに、いくらくらいかかりますか?」と尋ねたところ、2億だという。わかったとなり、銀行に行って「2億貸してくれ」と言ったら、門前払いをくらった。2億どころか、20万すら貸してくれない。これは難易度高そうだとなり、最終的には喫茶店に落ち着いた。

計画してから実現するまでおよそ8年ほどかかり、僕は山梨に「パタゴニアの南喫茶店」をオープンした。

そうして、ようやく静かな暮らしを手に入れた。
僕らはしばらくの間、そのやすらぎを謳歌していたけれど、数年が経った頃。小さな違和感を覚え始めていた。何かおかしい、と。いったい何が足りないのだろうと考えて、指をパチンと鳴らすように、気付いた。

そうだ、生きるよろこびだ。

「心のやすらぎ」と「生きるよろこび」。このふたつのバランスを改めて意識するようになり、それはやがて、僕の人生のテーマになった。