第三話
こっちのほうがいい、と思うことを
かたちにできる環境が作れてきた。
僕らはこの活動を決して「分かる人だけ分かればいい」と思っているわけではない。1億人にうけると信じてやっている。けれど、今のところは遠く及ばない。
ただ「こうなっていけばいいな」という指針になっているのは、ナチュラルワインの世界だ。
みんながこれだけナチュラルワイン好きなのは、味ももちろんそうだけど、作ってる人とか、作り方とか、それを表現したボトルとかラベルとか、そういうのを含めてだったりするのだと思う。
もちろんワイン作りのほうが、よりストイックではある。葡萄から栽培するのが基本なのに対し、僕らの場合はそうとも限らない。薬草園を持っているからといって、ここにあるものだけを原料にしているわけではない。
でもだからこそ、いろんな人たちとの出会いに繋がる。「こんなのあるんだけど、何かに使えないかな」と持ってきてくれたものを、どうやってお酒にするかを考えるところが、僕らの楽しみでもある。しかもうまくできたら、喜んでもらえるのもいい。
たとえば、古い友人で雑誌「PAPERSKY」の編集長をしているルーカス B.B.から、ある日「このバジルを使って飲みものにして欲しい」と持ち込まれたことがあった。何やら以前、彼がやっていた雑誌「PLANTED」で「夢の植物を作ろう」という連載企画があり、種苗会社と開発したバジルが、その後うまくいったというのだ。
普通のバジルは茎が育ってひょろっと大きくなっちゃうけれど、このバジルはもさもさっと生えて、その分収量も多いのが特徴で、栽培するのは今年で2年めになる。まだちょろちょろっと芽が出始めたところだけど、これから夏にかけて、きっともさもさしていくに違いない。
これによって世の中を動かしたいとか、お酒の常識を変えたいとか、そんな野望めいたことを考えているわけではない。ただ僕らはこっちのほうが面白いし、おいしいし、いいと思っているだけで、幸いなことにそれをかたちにできる環境が作れて、超イケてるメンバーも入ってきて、日々ああだこうだとやっているので、それを何かに表現したいと思うのは、当然のことだと思う。
ただいくらいいものができたとしても、本が読まなきゃ分からないのと一緒で、お酒も結局は飲まなきゃ分からない世界で、それが第一のハードルとしてある。けれどそれも、なんとかうまく伝えようと思ってやっている。
それは本屋をやっていた頃から、結局変わらないことのような気もする。
PROFILE
江口 宏志 | 蒸留家
1972年、長野県生まれ。2002年にブックショップ「UTRECHT」をオープン。2009年より「TOKYO ART BOOK FAIR」の立ち上げ・運営に携わり、2015年に蒸留家に転身。2018年、千葉県大多喜町にあった元薬草園を改修し、果物や植物を原料とする蒸留酒(オー・ド・ヴィー)を製造する「mitosaya薬草園蒸留所」をオープン。