第三話
ただ楽しくて続けていたことが、
誰かの生活を楽しくさせている。
自分の好きなものをアピールすることは、これまでとくにしてこなかった。
オーディションに行っても、向こうが求めてることしか聞かれないので、そもそも機会がなかった。
Instagramを始めたのも、外にアピールしたいというよりは、ただ「好きなものをまとめて見たい」という、至って自分本位の欲求だった。
たとえば花壇。かわいいなって思ってただ撮ったものが習慣化し、自然に集まってきた写真を並べて見たいので、#花壇ウォッチャー とハッシュタグを付けて投稿した。
この櫛もそうだ。
シンガポールを旅している時、前髪がなかなかうまく決まらず困っていた。「あ、櫛で梳かせばいいじゃん」と突然気づき、インド人街のたまたま入ったお店で、プラスチックの櫛がいっぱい売っていたのを見つけた。日本では見たことがないものばかりで美しく、もっと集めたい!となったのがきっかけだった。
そんなこんなでいろんな投稿を続けているうち、不思議なことが起きた。
思えば、きっかけは喫茶店からだった。
前から純喫茶が好きだった。古い時代の音楽をよく聴いていたこともあり、その懐かしい世界に魅せられ、いろんなお店を巡るのがライフワークと化していた。
とくに有楽町にある「ローヤル」にある壁紙がとにかく好きで、行くたびに何枚も写真を撮っては投稿していた。
それがいつの間にかいろんな人に知られるようになり、「おすすめのお店を教えてくれませんか?」とか「どこが好きなんですか?」と、聞かれるようになった。
さらに知ってくれる人がどんどん増え、「投稿を見て行ったのがきっかけで、私も好きになりました」という言葉を、たくさん聞くようになった。
それが、すごくすごくうれしかった。
自分でもびっくりした。なんだこれは、と思った。ただただ自分が好きで、楽しくて続けていたことが、誰かの生活を楽しくさせている。役に立っている。
そこから存在意義みたいなことを見いだし、せっかくなら無駄にはさせたくない。誰かの、何かのきっかけになりたい、そうはっきり、強く思うようになった。
ずいぶんと長い間、好きなものは共有しなくてもいい。そう思っていた。むしろ知られたくない、と言い張っていた時期もあった。
でも、本当は。「これ、いいよね」って一緒に言いあえる人が、欲しかったのかもしれなかった。
PROFILE
小谷実由 | モデル/文筆家
1991年東京生まれ。14歳からモデルとして活動を始める。自分の好きなものを発信することが誰かの日々の小さなきっかけになることを願いながら、エッセイの執筆、ブランドとのコラボレーションなどにも取り組む。 猫と純喫茶が好き。通称・おみゆ。
2022年7月に初の書籍『隙間時間(ループ舎)』を刊行。